人生の相棒と8年目の車検 (愛車CB400SBと自分の歩み)
今日は朝から普段乗ってるバイクCB400SBの車検を通すため朝から川崎の陸運局に行ってきた
バイクも車も自分が乗るものは基本的に自分で責任もって整備して自分で車検を通してる。
そっちの方が安いし、何に気を配らないといけないかとかわかるからね。
このバイクのナンバーは千葉だけど、今回は継続検査なので近くにあって朝が空いてた川崎陸運局で検査を受けた。
千葉の陸運局よりユーザー車検を受ける人が多いのか専用窓口もあってすごい楽だった
かかった費用は以下の通り
- 重量税(印紙): 4,600円
- 検査登録印紙: 500円
- 検査証印紙: 1,300円
- 自賠責保険(24か月): 8,760円
合計: 15,160円
ライトの検査が毎年危ないから予備検をいつも受けるのだけど、今回は全然乗ってないしそのまま行けるだろと思って予備検受けずに行ったけど一発で合格した。
ちゃんと納税証明書やマフラーのガスレポを持っていって整備をしっかりしてればライト以外で基本落ちないからね。
ここ2年バイク乗ることが少なく2年で1000kmも走ってなかったので駐輪場代もバカにならないし手放そうって考えはあったけどそうはしなかった。
やはりこれまで自分の人生にたくさんポジティブな影響を与えてくれた一台を手放すことはそう簡単にできない。
たぶんこのバイクに限っては一生保有し続けると思う。
このバイクと出会ったのは2016年の11月、もともとはこの写真からわかるように普通のCB400SBだった。
大学時代にソフトウェア開発のバイトをして貯まったお金で買ったのがこのバイク、多分60万くらいだった (中古で一番安くて程度がよさそうなのを買った)
CB400SBの前はアプリリアのRS4 125に乗ってた (こっちも自分の金で買ったけど、イタ車あるあるの壊れまくりで維持できなくなった)
バイクでも車でもいいんだけど、やっぱ自分だけの移動手段っていうのは人生を豊かにしてくれると思う。
自転車や公共交通機関期間を利用するだけでは到達できない場所や時間がかかる場所に行きやすくなり、世界ってこんなに広かったのかって思うようになる。
そしてその広い世界・長い人生において自分はどこまでも行ける、自由であるということを教えてくれた。
マフラーは2017年には変えた。SP忠男のPowerbox。あまりうるさすぎず、音質が最高で今でも気に入ってる。
もともとマフラー替える予定はなかったけど、CBの純正って静かすぎてノールックで道路に飛び出してくる歩行者を何回か弾きかけたので音でわからせるようにした。
もうどこに行くのもバイクで行ける。しかも燃費も車よりずっといい。
社会人になって始めた一人暮らしもバイクで買い物行ったり、すごい人生が豊かだった。
写真はコストコ。バイクが1台あればコストコで爆買いもできる (今思うとだいぶ狂ったことやってたな…)
2019年に転職してからは、出社もバイクでできるようになった。
(写真は当時流行ってたホロライブのARアプリでとった写真、今思うとスケールがおかしい)
通勤ラッシュの満員電車からも解放された。
そして2020年のコロナ過に突入、緊急事態宣言などで人との接触を避ける必要が出て家からも出られず、どこにも行けずだったが宣言解除されたタイミング等でいろんな場所に行った。
しかし… 2020年の年末…
まさかの人生初の交通事故に会ってしまった。
片側2車線の道路で左車線を走っていたところ、右車線を走ってたハイエースがこっち見ずにサイドプレスかましてきた。
その結果自分は左に吹っ飛ばされ、左腕の骨が真っ二つに折れた。
事故ったときのことは今でも鮮明に覚えてる。地面に倒れてた時、誰かが自分の右手を握ってくれていると思っていた手が折れた自分の手だったことも。
バイクは全損扱いとなり、お店での修理見積は新たに買ったほうが安い金額だった。 (70万くらいの見積だった気がする)
この時、ちょうど車を買おうと思ってた時期なのでいい機会だし手放すことは何度も頭によぎった。
しかしその選択はしなかった。
自分で降りる決断をするのはいいんだけど、そうせざるを得ないからそうするみたいなのは少なくとも自分の生き方じゃないので、全力で抗うことにした。
事故から4か月ほどが経ち、動くようになってきたタイミングで自分でレストアすることにした。
フロントセクションをほぼ全部バラシて組み換え、パーツはヤフオクなどで中古品をかき集めた。
完璧に治すのはどんなに自分でやろうが結局新たに買うのと変わらない金額になるので、カウルも割れたものを再利用したり、穴があればパテで埋めたり、他車種から流用できるモノは流用するといった形で作業が進められた。
そして事故からおよそ5か月後…
外装はほぼない状態だが、走れる状態まで復活させることができた。
もちろん完ぺきではない、今もだけどハンドルを真っすぐにしても真っすぐは走らない。
しかし走っている、それこそが重要だった。
外装も当時いい中古パーツが手に入らなかったので耐久レースの要領でテープを使って形にした。
(ありがとうゴリラテープ)
そしてついに公道に復帰した。
事故からおよそ半年かかった、今も直ってないというか直してない場所もたくさんある。
身体に残った傷跡同様にそれも歴史の一つとしてそのままにしておくことにした。
しかしフレームのダメージとかを考えると不安が残るため、フレーム補強も兼ねてスタントケージを導入した。
NC39用の物をフロント、リアにはNC42用の混在構成とした。 (NC42用のフロントはフレーム補強の観点で見るとあまりよくなさそうだったから)
こうして今のスタイルが確立された。
車幅や全長、そしてロングスクリーンによって全高も変わったので、全て構造変更を通して合法仕様になっている。
今では車を所有できるようになったことと事故のことがあるので、今ではほとんどの行動が車基準になってしまった。
しかしたまにバイクに乗ると、昔感じていた色んな気持ちや思い出が心地よい排気音と共に呼び起こされてとても幸せな気分にさせてくれる。
バイクを手放そうと思うことは時折あるが、きっとこの人生の相棒であるCB400SBを手放すことはないだろう。
あなたにも人生の相棒だといえる乗り物はありますか?
長文お読みいただきありがとうございました。